Perfumeの師匠「MIKIKO先生」とは何ぞや?
という訳で、何ぞやシリーズ(人物編)という事で今回はMIKIKO先生を取り上げたいと思います。MIKIKO先生と言えば、ダンスの師匠としてPerfumeとは切っても切れない存在ですが、そもそもどのような人物なのでしょうか? 個人的に思うところを書いていきたいと思います。
では、改めまして「MIKIKO先生」とは何ぞや? 説明しよう!!
1996年から1999年にかけて数々のダンスコンテストで優勝。1999年J-PHONEのCM出演、2000年チームVAXの一員としてMAXのコンサートツアー・紅白歌合戦のバックダンサーを務める。さらに、平井堅などのバックダンサーとしてMステに出演。その後、様々なアーティストのバックダンサー、振り付け、PVの演出、デザイナー、モデルなど多岐に渡って活動する中、現在のダンサー、振付師、演出家としての地位を確立することになった。
つまり、現在裏方に徹しているMIKIKO先生とは、CM出演・全国ツアー、Mステや紅白出場などPerfumeが9年もかけて叶えた夢を結構あっさりと実現している凄い御方なのでR 。
【結構あっさり】などと書きましたが、そこには並々ならぬ努力があったのは言うまでもないことな訳です。しかし、その苦労が表に滲み出ていないのも凄いところかなと思います。
と、以前のインタビューで語っていましたがまさにその通りですよね。広島で活動中にMAXのバックダンサーのオーディションの話を貰えることもそうですし、実際に受けてみて合格するのもそうですよね。でも、この【こだわり】は運に因るところが大きいので下手をすると一生日の目を見ないという事もあるんですけどね。
どんなに凄い人でも影では努力をしているものですが、そこを表に出さないのがカッコイイわけで・・・ でも、ただ努力するだけではだめな訳で、そこには誰も抗えない見えない力、つまり、【運】というものがあるわけですよ。
その運を引き寄せられる人が、本当の意味で凄い人だと思います。
そして、その強運がMIKIKO先生の下へ引き連れてきた人がアミューズ創業者の大里洋吉氏だった訳です。2005年に自身が演出した舞台『DRESS CODE』を気に入ってくれたのをきっかけに、【演出振付家】としてアミューズに所属させてもらえる事になります。これは、大里洋吉氏の器の大きさを実感できる出来事です。
それは、いち振付師を他の所属アーティストと同等に扱うという事を意味します。つまり、MIKIKO先生はダンスに関わる仕事の地位を、ある程度まで高めることに成功したと言えるのかもしれませんね。
その後、「感性を磨いてきなさい」とニューヨークに行かせてもらうことになる訳です。ブロードウェーなどたくさんの舞台を見たりして舞台演出の勉強をします。その間に、「チョコレイト・ディスコ」の振り付けをビデオレターでするなどPerfumeとの関わりも続いていました。
そして、2008年2月に帰国するわけですが、その時に一番驚いた事はPerfumeの大ブレイクだったようですw 小学5年から教えてきた生徒たちがアクターズスクールで頑張る姿、上京してなかなか結果が出ずにもがいていた頃、周りから少しずつ認められてブレイクの兆しが見えてきた頃、その全てをずっと近くで見守ってきた日々。その思いがけない大ブレイクは、大きな驚きでもあり、3人の長年の苦労が報われた感慨深い瞬間だったのではないでしょうか?
実は、これって中田さんや関さんにも言えることですよね? 長年、同じ人がPerfumeに携わってきて一貫した世界観を作ってきたからこそ、今のPerfumeがあるわけですしね。
でも、同じ人が作ってきたからこそ一貫した世界観を壊す事も出来るわけです。最近の中田さんが試みている『願い』や『23:30』などのPerfumeの新たな引き出しがそれに当たると思います。テクノポップというPerfumeのイメージを作ってきた中田さんが、今までのイメージと違う『願い』や『23:30』を持って来るからこそ、違和感が生まれるわけで賛否両論もあるわけです。この2曲を中田さん以外の人が作っていたとしたら、すんなり受け入れられるだけで何の違和感もありませんからね。
なので、長年 同じ人に携わってもらえる事は、一貫した世界観を発信できる一方で壊す事もできるという2つの強みを持っていますし、ブレイク出来なくてもずっと助けてもらえたPerfumeは幸せ者だと思います。
MIKIKO先生は、ニューヨークから帰国後このように語っています。これって、最近のPerfumeの心境の変化に似ていませんか?w ニューヨークでの舞台演出の勉強で自信が付いたMIKIKO先生はさらに成長したようですね。
まあ、MIKIKO先生のニューヨークでの舞台演出の勉強が、Perfumeの武道館ライブの成功に当たるのかもしれませんね。
お互いに節目の大きな出来事を経験した事で、これからのさらなる飛躍のきっかけを掴んだようです。
その自信は、相乗効果となってこれからのPerfumeの活動にも活きて来ると思うので、期待したいと思います。
最後に、以前Perfumeの3人がインタビューで【MIKIKOノート】について語っていたのを覚えていますか?
リハ中に書き込んだりしていて、誰が? 何て書かれたか? 凄く怖いとか言っていましたよねw
そのMIKIKOノートですが、3月26日のMIKIKO先生のブログに登場していますよ。ネタ帳と書いてありますが、たぶんコレだと思います。3人それぞれのサインが入っていますし、MIKIKO先生に対する愛情が感じられます。特に、あ〜ちゃんの言葉がね。
先生がいないとはじまりません
うおぉぉぉーーー、なんて良い娘なんだーーーーw
では、では。
今回、参考にしたインタビューはこちら。
MIKIKO先生のブログはこちら。
Perfume関連の記事はこちら。
では、改めまして「MIKIKO先生」とは何ぞや? 説明しよう!!
1996年から1999年にかけて数々のダンスコンテストで優勝。1999年J-PHONEのCM出演、2000年チームVAXの一員としてMAXのコンサートツアー・紅白歌合戦のバックダンサーを務める。さらに、平井堅などのバックダンサーとしてMステに出演。その後、様々なアーティストのバックダンサー、振り付け、PVの演出、デザイナー、モデルなど多岐に渡って活動する中、現在のダンサー、振付師、演出家としての地位を確立することになった。
つまり、現在裏方に徹しているMIKIKO先生とは、CM出演・全国ツアー、Mステや紅白出場などPerfumeが9年もかけて叶えた夢を結構あっさりと実現している凄い御方なのでR 。
【結構あっさり】などと書きましたが、そこには並々ならぬ努力があったのは言うまでもないことな訳です。しかし、その苦労が表に滲み出ていないのも凄いところかなと思います。
“場所は関係ない”というのが、私のこだわりだったから。昔から、広島(地方)で通用しない人が東京で通用するわけないし、日本で通用しない人が世界で通用するわけがない、イコール、どこにいてもすごい人は呼んでもらえる。
と、以前のインタビューで語っていましたがまさにその通りですよね。広島で活動中にMAXのバックダンサーのオーディションの話を貰えることもそうですし、実際に受けてみて合格するのもそうですよね。でも、この【こだわり】は運に因るところが大きいので下手をすると一生日の目を見ないという事もあるんですけどね。
どんなに凄い人でも影では努力をしているものですが、そこを表に出さないのがカッコイイわけで・・・ でも、ただ努力するだけではだめな訳で、そこには誰も抗えない見えない力、つまり、【運】というものがあるわけですよ。
その運を引き寄せられる人が、本当の意味で凄い人だと思います。
そして、その強運がMIKIKO先生の下へ引き連れてきた人がアミューズ創業者の大里洋吉氏だった訳です。2005年に自身が演出した舞台『DRESS CODE』を気に入ってくれたのをきっかけに、【演出振付家】としてアミューズに所属させてもらえる事になります。これは、大里洋吉氏の器の大きさを実感できる出来事です。
それは、いち振付師を他の所属アーティストと同等に扱うという事を意味します。つまり、MIKIKO先生はダンスに関わる仕事の地位を、ある程度まで高めることに成功したと言えるのかもしれませんね。
その後、「感性を磨いてきなさい」とニューヨークに行かせてもらうことになる訳です。ブロードウェーなどたくさんの舞台を見たりして舞台演出の勉強をします。その間に、「チョコレイト・ディスコ」の振り付けをビデオレターでするなどPerfumeとの関わりも続いていました。
そして、2008年2月に帰国するわけですが、その時に一番驚いた事はPerfumeの大ブレイクだったようですw 小学5年から教えてきた生徒たちがアクターズスクールで頑張る姿、上京してなかなか結果が出ずにもがいていた頃、周りから少しずつ認められてブレイクの兆しが見えてきた頃、その全てをずっと近くで見守ってきた日々。その思いがけない大ブレイクは、大きな驚きでもあり、3人の長年の苦労が報われた感慨深い瞬間だったのではないでしょうか?
たいてい、アーティストの振付って単発で頼まれたりするんですけど、こんなに長い期間、同じアーティストに携れるのは、本当に有難いことだと思いますね。新しい曲が来るたびに、「じゃ、今度はこういう所を引っ張り出そうかな」と、楽曲でバランスが取れるので、一曲に詰め込まなくてもいい。だから、Perfumeのいろんな良さを引き出せているのは、一人が振付けている強みだとは思います。
実は、これって中田さんや関さんにも言えることですよね? 長年、同じ人がPerfumeに携わってきて一貫した世界観を作ってきたからこそ、今のPerfumeがあるわけですしね。
でも、同じ人が作ってきたからこそ一貫した世界観を壊す事も出来るわけです。最近の中田さんが試みている『願い』や『23:30』などのPerfumeの新たな引き出しがそれに当たると思います。テクノポップというPerfumeのイメージを作ってきた中田さんが、今までのイメージと違う『願い』や『23:30』を持って来るからこそ、違和感が生まれるわけで賛否両論もあるわけです。この2曲を中田さん以外の人が作っていたとしたら、すんなり受け入れられるだけで何の違和感もありませんからね。
なので、長年 同じ人に携わってもらえる事は、一貫した世界観を発信できる一方で壊す事もできるという2つの強みを持っていますし、ブレイク出来なくてもずっと助けてもらえたPerfumeは幸せ者だと思います。
良くも悪くも、評価を気にしなくなりましたね。前は、こういうのを求められてるのかな〜?と相手のことを探って創ってたんだけど、まず、「コレがこの子たちに合ってると思います」って提案できるようになった。迷いがなくなったんですよね。
MIKIKO先生は、ニューヨークから帰国後このように語っています。これって、最近のPerfumeの心境の変化に似ていませんか?w ニューヨークでの舞台演出の勉強で自信が付いたMIKIKO先生はさらに成長したようですね。
まあ、MIKIKO先生のニューヨークでの舞台演出の勉強が、Perfumeの武道館ライブの成功に当たるのかもしれませんね。
お互いに節目の大きな出来事を経験した事で、これからのさらなる飛躍のきっかけを掴んだようです。
その自信は、相乗効果となってこれからのPerfumeの活動にも活きて来ると思うので、期待したいと思います。
最後に、以前Perfumeの3人がインタビューで【MIKIKOノート】について語っていたのを覚えていますか?
リハ中に書き込んだりしていて、誰が? 何て書かれたか? 凄く怖いとか言っていましたよねw
そのMIKIKOノートですが、3月26日のMIKIKO先生のブログに登場していますよ。ネタ帳と書いてありますが、たぶんコレだと思います。3人それぞれのサインが入っていますし、MIKIKO先生に対する愛情が感じられます。特に、あ〜ちゃんの言葉がね。
先生がいないとはじまりません
うおぉぉぉーーー、なんて良い娘なんだーーーーw
では、では。
今回、参考にしたインタビューはこちら。
MIKIKO先生のブログはこちら。
Perfume関連の記事はこちら。
comment
おお!!
ポリリズムをマスターしたんですか、凄いですね。
でも、誰の振りを覚えるかで難易度も変わってくるかもしれませんね。立ち位置とか順番でも違うと思いますしね。
みみかさん、またお願いします。
でも、誰の振りを覚えるかで難易度も変わってくるかもしれませんね。立ち位置とか順番でも違うと思いますしね。
みみかさん、またお願いします。
MIKIKO先生との出会いは、凄い事なんだなぁと改めて思いました。
…先生の振り付けじゃないけど、ポリリズムをマスターしました(^_^)v
今、ワンルーム・ディスコ見習い中です。MIKIKO先生の振り付けは、やっぱり難しいですね〜。(ワンルーム・ディスコは簡単な方かもしれません。)
…先生の振り付けじゃないけど、ポリリズムをマスターしました(^_^)v
今、ワンルーム・ディスコ見習い中です。MIKIKO先生の振り付けは、やっぱり難しいですね〜。(ワンルーム・ディスコは簡単な方かもしれません。)
ですね。
まあ、Perfumeはそれまでに7、8年かかったんですけどねw
でも、そのチャンスが巡って来ないのがほとんどなので、やっぱり凄いことですよね。
akiraさん、またお願いします。
でも、そのチャンスが巡って来ないのがほとんどなので、やっぱり凄いことですよね。
akiraさん、またお願いします。
No title
MIKIKO先生もPerfumeも一見して環境が突如
味方したような歩みをみせていますよね。
でもそのチャンスを手繰り寄せたのは不断の努力
があればこそだと思います。
チャンスの神様の前髪をしっかり掴んだタッグに
今後も期待大です♪
味方したような歩みをみせていますよね。
でもそのチャンスを手繰り寄せたのは不断の努力
があればこそだと思います。
チャンスの神様の前髪をしっかり掴んだタッグに
今後も期待大です♪











